生きているということ

なんかさぁ、、、「生きている」ってとんでもなくすごいことだよねぇ。

当たり前のことを当たり前と意識せずに過ごせている毎日って幸せだなぁ・・・と思ってる。
自分の大好きなものを大切に守れている現状もありがたいことなんだなぁ・・・と思ってる。
でも、自分の「当たり前」がものすごい確率の上に成り立っている奇跡のようなものだということまでは
わかっていなかった。

数日前、自転車に乗っててトラックに巻き込まれる経験をしちゃいました。
道路沿いにある会社にトラックがバックで戻ってきてお尻から納車するタイミングにバッチリ。
避けられると思う気持ちが邪魔をして自転車から手を放せずに一緒にコケちゃって危うく車の下に・・・
自分史上初めての出来事にすっかりテンパッてしまった。
私が幸運だったのは バック走行でスピードが遅かったこと、外輪側だったこと、そして何より
コケる私にいち早く気づいた事務所の人が大声でドライバーに危険を知らせて車を止めてくれたこと。

余計な心配をかけるだけだし、親には黙っておこうか?とも思ったのだが
衝撃で自転車のチェーンが切れてしまったので修理に出さなければならず、
近所の自転車屋のおじさんは父とのつきあいが長いので修理内容によってはマズイことになるかも?と
いろいろな事態を考えて最小限の状況説明をしておくことにした。

“話を盛る”ってあるけど、逆に“削る”って大変です。

「え~っと、、、今朝、バックしてくるトラックとぶつかりそうになって、、、」
「早めに自転車から飛び降りたからケガしなかったんだけど、チェーンが切れて、、、」
「カゴに入れてたカバンがどっかに引っ掛かって破けちゃったんだけど、ケガはしてないってば!」

『なんで下がってくるトラックに気がつかなかったんだ?』と父。
「電線に鳩がいっぱいとまってたからフンが落ちないか上を見てて一瞬遅れた・・・」と私。
『バカだねぇー!フンくらい落ちてきたっていいじゃないの。トラック見なさいよ。』と母。
「髪にフンが落ちると取れなくて大変なんだからねー!」と私。
『そこ通る時は帽子被るんだね。』と母。
「めんどくさい!上も前も見るようにするよ!」と私。
話のメインをトラックから鳩に移したい私は必死。(笑)

『どこも何ともないんだね?』
「うん。どっこも何ともないよ。チェーンとカバンだけ。」
『本当に気をつけなさいよ。』
「へ~い。」

なんて感じで軽めに報告会が終わったのだが、実のところ、擦りむいてたり痣になってたり
おまけに筋肉痛も加わって身体のあっちゃこっちゃ痛かった。
お風呂の鏡で「え~?ココも?、ありゃ!こっちも?」って痣に気づいてビックリ。
紫色って好きだからいいけどさ。
ってなこと思ってないとチョイ気まずい身体ですな。しばらく人前では脱~がない♪はっはっは・・・


その日の朝ね、家を出ようとして「あ!新聞持ってってあげよ♪」って、家の中に一度戻ったの。
そんなことしなければトラックがバックするタイミングには合わなかったでしょ?
家を出てからも途中でパン屋さんに寄ろうかな?って思って、結局寄らずに先を急いだんだけど、
もし寄ってればトラックがバックするタイミングには合わなかったでしょ?
人生に「もし」とか「・・・してれば」とかは無いってことは解ってるつもりだけど、考えちゃった。。。

進学とか就職とか、大切な人との別れ、とか決断を迫られるような大きめな選択とは別に
この電車に乗ろうとか、こっちの道を通ってみようとか、いつも見てるだけだったことに何か仕掛けてみよう
とか、日々の中で何気なくチョイスしている小っちゃな出来事の積み重ねがたくさんある。
そんなこと考えてたら、私の中の当たり前達がとっても愛おしく思えてきた。

ものすごぉ~く大きかったり、ものすごぉ~く小さかったりと大きさはバラバラだけど
いろんな大きさの、いろんな色の歯車が噛み合って ゆっくりゆっくり回転しながら何かを選んで
そしてそれらがいつの間にか私の当たり前に変わっていって、
歯車のひとつひとつがその回転を止めない限り私の人生は続いていく。。。

生きているって奇跡の固まりだね。

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